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ソメスサドル【日本の革鞄と馬具】

2020.06.13創業の背景|社長と歩むソメスサドルの歴史 #1


今回から数回に渡って、社長にソメスサドルの歴史について伺っていこうと思います。

では、社長よろしくお願いします。

私もソメスの一員ですが、会社の創業の背景を詳しくお話しして頂けますでしょうか?

ソメスサドルの歴史を語る社長

分かりました。私も創業当時は幼かったのですが、わかる範囲でお話しします。

ソメスサドルは歌志内から始まった

炭鉱の町「歌志内市」

まず現在、砂川市に本社を構えるソメスサドル。その歴史は歌志内市からはじまります。

砂川市に隣接する歌志内市の現在の人口は約3,500人。

「日本一人口の少ない市」と言われていますが、創業当時の1960年代は約35,000人、現在の10倍近い人口の街だったのです。

 

当時の歌志内市は、夕張・釧路など有名な炭鉱地に並ぶ、産炭地でした。

私(現社長)はこのときまだ小学生。活気溢れる歌志内をよく駆け回ったものです。

大手企業が所有する炭鉱が並び、たくさんの炭鉱マンが集まり賑わう街は、

まさに「蒸気が立ち上る熱気で溢れた街」というような情景でした。

 

しかし1950年代、国の新しいエネルギー政策の転換により石炭の需要が急落。炭鉱が次々と閉山に追い込まれ、多くの炭鉱マンが離職に追い込まれたのです。

新しい職を求めて、歌志内市を離れる人も後を絶たず、かつての活気を失いつつありました。

ソメスサドルの前身「オリエントレザー株式会社」の創業

そんな中、街の炭鉱離職者を救おうと、私たちの前身となる事業が立ち上がります。

 

当時、エネルギー転換がなされる一方で、開拓や農耕の現場では農耕馬が活躍し、それに伴い、技術を持った馬具職人が北海道各地に点在していました。

またかつては活躍していた農耕馬の仕事も機械化されていき、馬具職人の仕事も縮小されていました。

 

その馬具職人達を歌志内市に集め、炭鉱離職者へ馬具作りを指導・製造し、アメリカへの輸出販売を目的とした会社として、1964年、歌志内市でソメスサドルの前身である「オリエントレザー株式会社」が創業されました。

歌志内市で"創業当時の様子"

歌志内市や大手商社も関わった一大事業でした。

 

商社の主導のもと、アメリカから革の元である原皮を輸入し、大阪で鞣した(皮から革への加工)後に歌志内で馬具を製造、そしてアメリカへ輸出しました。

製造する馬具は主に乗馬用の馬具。カウボーイやレジャーとしての乗馬が当時のアメリカでは盛んだったのです。

 

事業はすぐに軌道に乗り、事業拡大のため、人口減少により使われなくなった廃校などを工場として、増設していきました。歌志内市内には家庭内職の職員も100名近くいたそうです。

 

このようにオリエントレザーの事業は順風満帆にスタートを切りました。

 

ソメスサドルの創業には時代背景が大きく影響していて、地域の人々と共に一丸となって始まった事業でした。

 

社長、ありがとうございました。

現在も競馬や乗馬用などの馬具を製造するソメスサドル。その歴史のはじまりも馬具製造でした。

次回も、その後の歩みについて、お話を伺ってゆきたいと思います。

ソメスサドルの歴史

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