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ソメスサドル【日本の革鞄と馬具】

2020.06.18苦境から転換へ|社長と歩むソメスサドルの歴史 #2


前回、ソメスサドルの前身である「オリエントレザー株式会社の創業の背景」についてお話しいただきました。

今回は社長に、創業以降の同社の歩みについてお伺いします。

ソメスサドル「最初の転換期」

ニクソンショック・オイルショック

ソメスサドル歌志内工場

前回お話ししたとおり、ソメスサドルの前身「オリエントレザー株式会社」は、アメリカへの馬具製造・輸出業者としてはじまりました。
1964年の創業以降、輸出事業は順調だったと聞いています。
 

そんな順風満帆なスタートから、1970年代に入り、世界的なある出来事が起こります。
 
1971年「ニクソンショック」、そして1973年「第一次オイルショック」。
世界的大規模な為替変動で、1ドル360円で固定されていた為替が変動相場制に変わり、一気に200円台まで変動したのです。
 
輸出企業にとってこの変化による影響は大きなもので、先にも話した通り、アメリカへの輸出業を100%としていた「オリエントレザー株式会社」も大きな打撃を受けました。
 
創業から約10年、ソメスサドル「最初の転換期」と言えるでしょう。

オリエントレザー株式会社の再建-海外から国内へ

為替変動により、輸出事業が成り立たない状況。
債権者の商社も何とか存続させなければならないとする中で、新たな社長として目を向けられたのが、当時、歌志内市の市議会議長を務めていた私の父でした。
 
父はオリエントレザー創業に関わった中心的な一人であったこともあり、債権者からも白羽の矢が立ったのです。
父はこれを引き受け、オリエントレザー3代目社長として、多額の負債を抱えスタートすることとなりました。
 
輸出事業が困難な状況の為、事業の対象を海外から国内へ転換する必要がありました。
とはいえ国内での販売実績はなく、まずは販売先獲得のため北海道内の牧場や、馬具に関連する企業などへ営業に回ったそうです。
 
製造する馬具も、アメリカ向けのレジャーとしての乗馬用馬具から、競馬関連や牧場で使用する馬具へと変わりました。

オリエントレザーが苦境からの再スタートを図る最中、私は東京の大学へ進学し、スキー部で選手として競技生活に打ち込んでいました。
4年生になり進路を決めかねていた折、父が社長に就き、会社の話を聞いたのです。
 
私は4年間スキー部で競技生活を送る中で大きな事故に2度遭遇しました。私の人生の中でも本当に大きな出来事です。
この経験もあり、父から話を聞いた時、「大好きな郷里に対して何か役に立ちたい、役に立てるようになりたい」という強い想いに駆られ、卒業後東京に残り「東京営業所」を構え、オリエントレザーの馬具営業として動くことを決めたのです。
 

ありがとうございました。

社長がソメスサドルの一員となったのは、大学生活の経験や会社の大きな転換期の中での決断だったんですね。

次回はいよいよ染谷社長の「オリエントレザー株式会社」入社後の経験や出来事について伺ってゆきます。

ソメスサドルの歴史

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