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ソメスサドル【日本の革鞄と馬具】

2020.06.25全国の販路開拓|社長と歩むソメスサドルの歴史 #3


前回、オリエントレザー株式会社苦悩の時代と、社長の入社までをお話しいただきました。

では、引き続き今回もよろしくおねがいします。

わかりました。

ここからは私の入社後の体験についてお話ししましょう。

全国の販路開拓

オリエントレザー東京出張所の開設

ソメスサドルの歴史を語る染谷社長

父の社長就任と会社の苦境、自身の東京での大学生活の経験も重なって、大学卒業後はオリエントレザー株式会社への入社を決意しました。北海道の歌志内市にある本社へは戻らず東京に残り、東京をはじめ全国の販路開拓のため営業活動を進めることにしたのです。

歌志内市へ戻る選択肢もあったかと思います。ただ、今後の会社にとっても「東京は重要な拠点になるだろう」と思いました。また私は末っ子で、家族や兄弟に甘える術を知っていたんです。故郷に戻ることでは自身の成長や地域への貢献にも繋がらないと強く自分に言い聞かせ、自分ひとりの足で販路開拓に乗り出しました。

まずは大学卒業後、1年間東京の別会社で働きながら、車の免許も取得し、1976年から「オリエント商事東京出張所」としての本格的に動きはじめました。

馬具営業で全国へ

東京出張所のスタート。表向き「東京出張所」という立派な名前はありましたが、社員はもちろん私一人、事務所は私の住むアパートです。歌志内の本社から届く商品も、私の部屋のみでは入りきらず、当時親しくしていたお寺の本堂に置かせてもらっていました。

手元にあるのは会社の商品(馬具)と、車と運転免許、そして体力のみ。

もとより海外輸出のみの会社でしたから、国内の営業先のアテもなく、私自身馬具・革に関する知識もなく、まさにゼロからのスタート。しかし会社も早急に売り上げを立てなければならず、とにかくまずは動き出すしかありませんでした。

車に商品を積み込み、「馬がいそうなところ」をキーワードにして、地図を片手に競馬場、乗馬クラブ、大学の馬術部などを巡りました。まさに日銭稼ぎ。売れたお金で食いつなぎ、売上が20〜30万円溜まったら本社へ送金する、という日々でした。

乗馬クラブで居候生活

全国を営業で回る中、ある乗馬クラブとの大きな出会いがありました。

埼玉県入間市にあった「筑波ランディングパーク・インターナショナル」。現在は栃木県日光市に移転し、保有する馬は100頭前後という大規模な乗馬クラブです。大規模クラブゆえ、世界の一流の鞍がずらっと並んでいて、「これは良いところに巡り会えた」と

乗馬クラブのオーナーとはじめてお会いしてお話をする中で、

「馬具のことを勉強したいなら、うちで居候したらどうだ」と提案されたのです。

馬具の営業として動き出したものの、先に話した通り馬具の知識も乏しく、馬に触ったことも、乗馬をしたこともありませんでした。

突然ながらも私はオーナーの提案を受け、実際に半年間乗馬クラブで居候生活を送ることに決めたのです。

ありがとうございました。まさにゼロからのスタートだったのですね。

乗馬クラブでの居候生活を決めた染谷社長、次回も営業を通じて乗馬や馬の世界により深く関わっていく社長の歩みについてお話いただきます。

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