乗馬クラブとの出会い|社長と歩むソメスサドルの歴史 #4

「オリエント商事東京出張所」として営業活動をスタートさせた染谷社長。営業先で居候生活をすることになったそうですが、居候先での出来事をお話いただけますでしょうか。

わかりました。
私にとってこの乗馬クラブとの出会いは、とても貴重な体験でした。

乗馬クラブとの出会い

馬具営業から突然の居候生活

営業で訪れたオーナーの提案を受け、半年間乗馬クラブで居候生活をはじめることになりました。

今思えば、突然訪ねてきた初対面の営業マンに対して、よくこのような提案をしてくれたなと思います。私も馬の知識も殆ど無く営業にのり出し、馬のことをもっと知りたいと思い始めていたので、まさに絶好のタイミングでした。
居候といっても住むところはクラブの場内に置かれた使われていないキャンピングカー、食事はオーナーの自宅でお世話になりました。キャンピングカーでの生活は住み悪い、と思われるかもしれませんが、学生時代のスキー競技生活で培った体力もありましたし、スキー合宿で寝泊まりしていた山小屋に比べれば、スイートルーム同然です。

それまで各地を飛び回っていた馬具営業も一旦取りやめ、朝早くから夜まで馬の世話や馬具の管理など、日々乗馬クラブの厩舎作業に明け暮れました。

自社の鞍ではじめての乗馬

厩舎作業の日々を続けるうち、合間にオーナーから乗馬の訓練もつけてもらえるようになりました。
私の人生初めての乗馬です。

乗馬では乗馬時の重心のとり方や姿勢のポイントがいくつかあり、乗りはじめてから上手に乗りこなすまでにはなかなか苦労するといいます。私自身、バランス感覚と運動神経には自信がありましたから、初めてでもすぐに乗りこなせるだろうと安易に思っていましたが、結果それはまったく役に立たず落馬の連続でした。

 

それでも何度も訓練を重ね、少しだけ乗れるようになってきたある日に、オーナーのもとに自社の鞍を持参したんです。鞍を見てもらい、意見を聞こうと思っていましたが、「まず自分で乗ってみて」と言われました。自社の鞍に乗ったのも、これが初めてです。
やっと乗れたとなると「次はこの鞍で」「今度はこの鞍で」とオーナーから意見をもらう間も無く、次々と鞍を交換して乗り比べを続けましたが、意見をもらうまでもなく、その差は素人の私でもすぐにわかりました。

いくつも鞍に乗せてもらう中でそれぞれ個性や違いは体感しましたが、自社の鞍は“それ以前“のレベル。
とにかく乗りづらくて、お尻が痛かったのです。

自社の鞍の欠点を身をもって実感し、すぐさま工場へ報告をと思いました。しかし改善するにあたって工場へ説明しようにも、どう説明すれば良いものかと悩んでいると、オーナーが「これを参考に」と鞍を一背差し出してくれたのです。ドイツ製のシンプルな作りの鞍で、かつ日本人が乗りやすい鞍を選んでくれました。

鞍づくりのレベルアップへ

オーナーからお借りした鞍を手にすぐさま北海道へ戻り、工場でも腕の立つ職人さんに「これを参考に新たに鞍を作ってくれ」とお願いしました。現物さえあれば、技術の高い職人なら真似て相応のものを作れるだろうと思ったのです。

鞍を骨組みからすべて分解すると、自社の鞍とは骨組みからも造りが異なっていたことがわかりました。各部を細部まで研究し、新しく作った鞍を再び乗馬クラブのオーナーに見てもらいましたが、オーナーの意見は「まだまだ」。一般の観光客向けの堅牢性の高い鞍として十分なものは作れたものの、オーナーの求める“競技用の鞍”としてはまだ不十分だったのです。

 

それからもオーナーの意見をもらい、工場で作る、という試行錯誤の日々が続きました。
北海道と乗馬クラブを何度往復したかわかりません。職人達もこの期間を経て着実に腕を上げていたと思います。

最終的に、オーナーが納得のいく鞍を作れるようになるまで10年かかりました。

ありがとうございました。
初めての乗馬体験や厩舎作業、さらに鞍の改良までにつながるとは、社長にとっても会社にとっても大きな出会いだったのですね。
次回からも、馬具営業として前進してゆく社長の体験を追ってゆきます。