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ソメスサドル【日本の革鞄と馬具】

2020.07.03ソメスサドルの原点|社長と歩むソメスサドルの歴史#5


前回、乗馬クラブとの出会いについてお話を伺いました。
今回も、東京での営業体験について、引き続きお話いただけますか?

わかりました。

ここからはオリエントレザーが再び、前進をはじめます。

新商品の開発

乗馬クラブから繁華街へ

乗馬クラブの居候生活を終え、再び首都圏を中心に乗馬クラブや牧場など営業に駆け回りましたが、馬具の売上は変わらず微々たるもの。会社のため、そしてオリエントレザー社員の生活を守るためにも、早急に売上を立てる必要がありました。

私自身の生活も苦しくなる一方で、なんとか打開策はないかと頭を巡らせたのです。

 

ある時、歌志内の工場に使われず散らばっていた革の端切れをみてふと思いつきました。

この端切れで「コースター」を作ってはどうか。

私の「もったいない精神」も働いてのひらめきとでも言いましょうか、端切れはどれもグラスを置くに十分なサイズでした。職人さんに頼んで革を綺麗な円形に裁断してもらい、その上から名前を刻印したシンプルなコースターです。更に革を巻いたガラスの灰皿も併せて作ってもらいました。

本革のコースター

本革のコースターと、本革巻きのガラス灰皿。

馬具以外に作った一般革製品の第一号です。

今やバッグや小物など馬具以外の商品を数多く扱うソメスサドルにとっての、これがその原点と言えるでしょう。

私自身にとっても、新商品開発に関わった初めての商品でした。

 

初めての馬具以外の商品。やり方は馬具の営業として動きはじめた頃とほとんど変わりません。

コースター、灰皿となると、向かうは繁華街です。新宿、渋谷、銀座を歩いて「馬」や「HORSE」など馬に関連していそうな名前の看板を探し、バーや居酒屋、レストラン、喫茶店など、とにかく商品を使っていただけそうなお店を訪ね、コースターと灰皿を見てもらいました。

考えるよりもまず行動。必死ではありましたが、「馬に関わる名前をつけている店なら、馬具の営業マンが営業で訪ねてきたら、むしろ面白がって買ってくれるのではないか」という、そのぐらいのノリだったんです。

 

「馬に関連する」と一口に言っても様々なお店がありました。

お店の方をはじめ、お店の常連さんやお客さんとの出会い、さらにそのお知り合いのお店を紹介いただいた先へまた営業と、どんどんと世界が広がっていったんです。私にとっても行く先々での出会いで多くの刺激を受けました。

結果、新商品のコースター灰皿セットは、思いのほか好評でよく売れました。

女性向け商品の誕生

セット商品の営業が好スタートを切った当時、1970年代は観光乗馬がブームでした。

小岩井牧場をはじめ有名な牧場は、レジャースポットとして多くの観光客で溢れていたんです。観光客が訪れる施設となると、みやげ物店を併設する牧場が多く、牧場名のはいったキーホルダーなどを販売していました。これがよく売れていたんですよ。

 

さらに同時期は「アンノン族」といって、若い女性が女性誌のアンアンやノンノを片手に一人旅をするスタイルが流行していたこともあり、若い女性向けの商品を作れば売れるのではとひらめきました。

キーケース、コインケース、キーホルダーなどに、コースター同様牧場の名前を入れ、牧場へ提案したところこちらも好評でした。まとまった数で注文をいただくことも少なくなく、さらに小物となれば切れ端サイズでは間に合いませんから、新たに一枚革から裁断し作ることも増えてきました。

 

繁華街での営業がきっかけで牧場や乗馬クラブを紹介いただけることもあり、新たに商品を置いていただける箇所も増えていました。中にはよく親しくしていただけるオーナーさんもいて、商品の営業に留まらず、お土産物の売り場を一緒に作るといったこともありました。

さらに牧場であれば馬具も売り込めますから、とても効率よく営業が出来たんです。

苦境だったオリエントレザーに、少しずつ追い風が吹きはじめていました。

ありがとうございました。

オリエントレザーの馬具以外の新商品開発を機に、再び盛り上がりはじめてきましたね。

次回も前進する社長の体験を追ってゆきます。

ソメスサドルの歴史

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