ソメスの飛躍|社長と歩むソメスサドルの歴史#15

前回は、ソメスブランドを立ち上げた後に起こった出来事についてお話いただきましたが、その後について引き続き伺います。

またも苦境

大手取引先の倒産

東京の百貨店での店舗オープン、宮内庁への馬具の納品。順調とは言えない中でも、嬉しくもあり名誉な仕事が続きました。
しかしその後、大きな試練に立たされます。

当時、国内ブランドで一世を風靡していた取引先の倒産。同社はソメスサドルの主要なOEM取引先でした。ソメスサドルは4番目の債権者で、3番目までの債権者が相次いで倒産した大きな出来事でした。我々は倒産に至らずなんとか踏み留まったものの、業界では「次の倒産はソメスサドルか」等という噂が広がっていました。すると仕入先が材料を出し渋るようになり、仕事が激減してしまったのです。

ソメスの名が世にでる

飛行機

身動きが取りづらくなってしまった状況の中、私は依然として、百貨店の店舗に立ち続けていました。
なんとか打開策をと頭を巡らせ、速効性のある法人の販促商品を手がけることが出来ないかと考えました。

お客様の中に、趣味で馬術をされている百貨店外商部の方がいました。ソメスサドルにも興味を持っていただいていたことから交流があり、なんとか仕事を掴めないかとダメもとで会いに行くことを決意したんです。
藁をもすがる思いで飛び込みましたが、表向きは「ちょっと遊びに来ました」と悲壮感を滲ませずに訪れました。

するとこれがきっかけで商談に至り、百貨店の外商での仕事をいただけることになりました。
初めての依頼先は日本の航空会社、国際線のビジネスクラスのお客様を対象に差し上げていたノベルティーのキャンペーンに、靴べらが採用されたのです。これが好評で発注数は数万にのぼりました。

ソメスとして初めてのダブルネームの商品は、ブランドを立ち上げて間もない、まだ無名とも言えるソメスサドルの大きな飛躍でした。
この商品の反響も大きなもので、これを機に国内の自動車メーカーやカード会社からの販促品などで指名をいただくことができ、なんとか苦しい状況を乗り切ることができたのです。

創業からここまで幾度となく苦境を乗り越えてきましたが、またも人の縁に救われました。出会いがなければ、業界で噂されていた事態も現実になっていたかもしれません。それも苦境をきっかけにソメスが大きく世にでることになったのですから、世の中どう転ぶかわからないものです。

ありがとうございました。
またひとつ苦境を乗り越えたソメスサドル、次回も躍進するソメスサドルの歴史を追います。