砂川へ|社長と歩むソメスサドルの歴史#16

ソメスブランド立ち上げから、大きな出来事が幾度と続きました。
そして、立ち上げから10年。また大きな一歩を踏み出すことになります。

会社の存続を賭けた決断

小さなショールーム開設

ブランド立ち上げを遂げ、次のステップとして思うことがありました。
「ソメスサドルのブランディング」です。
これは今後の会社の為、また兼ねてより目標としていた「海外ブランドに並ぶ」上でも重要なステータスでした。技術力だけでは今後長く生き残っていけないだろうと思ったのです。

そんな折、歌志内の本社工場で、これまでのOEM事業から生まれたサンプル品など手付かずの製品が目に止まります。これらを活かせないかと思った私は、当時の社長であった兄に「この製品を自分たちの手で販売出来ないか」と提案しました。

 

社長も私の提案に賛同してくれて、本社で数日限定の販売会を開催することになりました。
本社工場の一角にブランド名のSOMÈSのロゴを大きく掲げ、レジやスリッパなどを準備して、倉庫になっていた部屋を改装してショールームを作り、さらに手作りのチラシを配って宣伝をしました。
歌志内ではソメスサドルは「馬具の会社」だという認識がほとんどでした。チラシを見て初めて「カバンも作る会社」ということを知り大きな話題になっていたようです。その結果、販売会には連日多くの人が集まり、大変好評をいただきました。その後も折りをみて、定期的に販売会を開催しました。

未来のための決断

歌志内での販売会を経て、「自社ショップ」という構想は実現出来るという手応えを感じていました。しかし、お客さまにお越しいただく販売スタイルを今後も歌志内で続けていくことには不安があったのです。
さらには、創業当時から約30年経過した本社工場は老朽化も進み、その環境の悪さも一因なのか若手の就職希望者も無い年が続いていて、私たちの核である「ものづくり」の環境も見直す必要がありました。
これは社長も同じ思いでした。そして「職場環境の改善」と「お客さまの利便性」のために「社屋の移転」を決意したのです。

ブランドの象徴

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移転地の決定にあたっては歌志内もしくはその近隣であることを第一に考えていました。利便性や自然環境の良い場所等いくつか候補があったものの最終的には現在の地、砂川を選びました。
元農地であった広い敷地に、北海道のレンガで建てられたファクトリー、そして新たに販売スタッフを雇用し、ショールームを併設。施設内には社員達の手で、背丈ほどの木を一本一本植えました。

そして1995年、現在のソメスサドルの本拠地であり「ソメスブランドの象徴」としての世界観を表現した「砂川ファクトリー&ショールーム」が完成。45名の本社社員とともに再スタートを切ったのです。

 

ものづくりと販売の両立。皮革業界で「製造小売り」というビジネススタイルを事業とする企業は当時まだ少なく、珍しいものでした。
道内の都市部に比べれば人口も少ない地、さらには砂川の中心部からも離れた地、はじめは「こんなところに店を構えて人が来るのか」という周囲の声も多くありました。
私も不安が無かった訳ではありませんが、負けてたまるかと自分を奮い立たせる日々でした。

しかし、現在もこの砂川を拠点にものづくりを続けられていることは、当時の判断が間違いではなかったことを証明していると感じています。
そして、砂川への移転がなければ、今のソメスサドルは無かったと確信しています。

ついに新たな地、砂川での再スタートとなったソメスサドル。
次回もさらに飛躍していくソメスの歴史を追います。