好きなものが、重なる場所へ。

会社員、そして靴職人を経て、37歳でソメスサドルの門をたたいた川畑孝太さん。子どものころから大好きだった「馬」と、手を動かしてつくる「ものづくり」。二つの好きが重なる場所を見つけ、神奈川から砂川へ移り住みました。いまは馬具部門で、ジョッキーの安全を支える鞍づくりに向き合っています。

工場で鞍をつくる川畑さん

PROFILE

川畑 孝太

川畑 孝太

馬具部門 職人/入社3年目

神奈川県出身。一般企業での勤務、靴職人としての独立を経て、37歳でソメスサドルに入社。砂川市へ移住。

馬に夢中だった、子どものころ

馬を好きになったきっかけを教えてください。

川畑

小さいころに読んだ競馬の漫画や、競走馬を育てるゲームがきっかけです。気づいたら、すっかり馬のとりこになっていました。

大学生のときには、日高の新冠町まで牧場の職業体験に行ったこともあります。ただ、生き物を相手にする現場では、命が失われる場面にも向き合わなければなりません。それがどうしてもつらくて、「馬のことは、ずっと好きなままでいたい」と、牧場で働く道はあきらめました。卒業後は一般企業に就職して、5年ほど働いています。

靴づくりで知った、つくる楽しさ

そこから、どうしてものづくりの道へ?

川畑

趣味で靴づくりの教室に通い始めたのが始まりです。自分の足にぴったり合う靴を、自分の手でつくれる。それが面白くて、どんどんのめり込んでいきました。

最終的には靴職人として独立しました。アルバイトを掛け持ちしながらでしたが、ものづくりを仕事にできたことは大きかったですね。

「馬」と「ものづくり」が、ひとつになった

ソメスサドルを知ったのは、いつですか。

川畑

37歳のときです。国内でただ一つ、馬具をつくっている会社があると知って、「馬」と「ものづくり」が自分の中でカチッとつながりました。ここしかない、と思いました。

雪の砂川へ、履歴書と靴をかばんに詰めて

当時は求人がなかったそうですね。

川畑

そうなんです。年齢のこともあるので、書類を送るだけでは会ってもらえないかもしれない。だったら直接行って、自分の気持ちを伝えようと決めました。履歴書と、自分でつくった靴をかばんに入れて、3月の砂川へ向かいました。もちろん、アポイントはなしです。

砂川駅に着いたら、次のバスまで1時間。それなら歩こうと雪道を進んだんですが、じつは歩くと1時間かかる距離で、途中で乗るはずだったバスに抜かれてしまいました(笑)。

ようやく工場にたどり着いて事情を話すと、総務の方が靴を手に取って、じっくり話を聞いてくださいました。その後、東京で面接をしていただき、入社が決まりました。

鞍の縫製・手元のアップ

馬具づくりは、靴とは別の世界

靴職人の経験は、いまの仕事に活きていますか。

川畑

活きている部分もあります。でも、馬具は人の命を預かる道具なので、使う革の厚みも、求められる縫製の強さも、靴とはまったく違います。毎日が学びの連続です。

ソメスでは、一つの製品を一人の職人が最後まで仕上げます。だからこそ、すべての工程に責任があります。大好きな馬に関われて、ジョッキーの安全を支えられる。その環境に感謝しながら、少しでもいいものを届けたいと思って、毎日革に向き合っています。

砂川での暮らし

移住して、暮らしはどうですか。

川畑

本当に来てよかったです。もっと早く来ればよかった、と思うくらいです。

いまは一軒家を借りて住んでいますが、都会では考えられない広さです。春から秋はバイクで5分の通勤で、渋滞とも無縁。近くには温泉もたくさんあります。

もともと外遊びが好きなので、休みの日は会社の仲間と川へニジマスやヤマメを釣りに行ったり、増毛の港まで足をのばして海釣りをしたり。釣った魚は自分でさばいて食べています。昆虫採集も楽しんでいて、趣味には事欠きません。

一歩を踏み出したい人へ

転職や移住を考えている方に、メッセージをお願いします。

川畑

「これがどうしても好き」という気持ちがあるなら、年齢や人の目を気にせずに挑戦してみてほしいです。僕も37歳で、知らない土地に飛び込みました。自分から動いてみると、思っていた以上に道は開けていくものだと思います。

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